Moonlight scenery

          Gale in the springvvA
 



          





 長い夏の間中続く乾いた気候への、これもある意味で必要なもの。冬の間や終わりごろが、湿っぽくも雲の多い空模様になりがちな、南欧や地中海地方ではあるけれど、
『まあそんでも、こんなくらいの雨なんて、雨季がある土地と比べたら鬱陶しいうちにも入らないんだろうしさ。』
 冬場の雪もな、遊びに行った先で降ってるのを見るのは凄げぇ嬉しいけど、家の周りを埋め尽くされて、どこにも出られないくらい押し込められちゃう土地の人は気の毒だなぁって思うしさ…なんて。鹿爪らしいお顔になって殊勝な言いようをしていた王子様だったもんだが、
「なあなあ、今年の春の祭りの演目って、もう発表されたんだっけ?」
 いいお天気の暖かな日和の下、Tシャツとポロシャツの重ね着にチノパンという、至って簡素な“普段着姿”のまんまで出て来た街角にて、そりゃあ無防備にも明るいお声を張り上げた坊ちゃんへ、連れのお兄さんがついつい、はぁあと溜息をついてたり。
「どした? ゾロ。」
「…もちょっと大人しく振る舞えっての。」
「なんでだよう。」
 たちまち不満げにお口を尖らせる彼へ、
「一応は“お忍び”なんだぞ? 仮にも実はこの国の王家の、しかも王位継承権の二位って位置にいる存在だ。」
 それこそ“一応は”言ってみたゾロではあったが、
「それで?」
「どこの誰から命を狙われるか。」
「狙われるかなぁ?」
 ふざけて、ではなく、真面目に考え込んでだろう、わざわざ立ち止まり、う〜んと困ったようなお顔になって首をひねっているルフィであり、
「そうならないようにゾロが傍に付いてんじゃないのか?」
「…まあ、そうなんだけどもよ。」
 だから“一応”訊いてみただけだよと、どこかに何かを置き忘れているよな問答をしている彼らへ、すぐ傍らに立ち並ぶ常設市場の屋台の女将さんなどが、たまらず“くすすvv”と吹き出していたりして。用心しろと言いたかったらしいゾロは、だが、そんな会話をさして声を押さえるでなく堂々と交わしていたのだし、第一、彼らの正体なんて、ここいらで住まわる人々にはとうにお見通し。多くの国民たちから愛されているこの王子様は、下手なアイドルタレントよりもそのお顔が知れ渡っており、しかもしかも、やんちゃで活発な性分から、ごくごく普通一般の人々と同じようなノリにて、ちょっとそこまでなんていう外出…お忍びの街歩きというのも度々敢行なさっており。そんなため、よほどに市街地から離れた遠くの地域のみを例外として、城下の人間だったなら、一目見ただけで“おやおやルフィ様だよ、今日はお忍びらしいねぇ”なんて具合に…もうバレバレ。
(笑) ただまあ“バレてるよ”なんてことを王子様に告げるのも野暮なのと、外部から来ている者や小さな子供に一々説明するのもキリがないからということで、表向き…というか大人たちの間での暗黙の了解により、お忍びの時はその肩書“実力者のご子息”ということになっており、観光客やら遠くから町に出て来ていた者なんぞにあれは誰かと訊かれれば、
『名士“オル・ソロ”の坊っちゃんだ』
 と、答えることになっているのだとか。とんだ“暴れん坊将軍”である。
“…ちょっと違うぞ、それ。”
 あっはっはっは…っ、まあまあ似たようなもんでしょうよ。つか、ゾロさん。暴れん坊将軍を知ってるのね? え? こっちでも放送されてる? 日本の時代劇なのに? 江戸時代の風俗とか設定は分かるんでしょうか。
(う〜ん) 冗談はともかく、確かに護衛官殿の言い分ももっともで、自然の豊かな国土とお天気の多い気候を生かした、自給自足がやっとなレベルの第一次産業と観光だけがその国民総生産のメインというよな、小さくてささやかな国…のように見せておいて、実はなかなかの国力を持つ恐るべき国。よって、列強大国からは“目の上のコブ”として捉えられてもいようし、国家間を暗躍する様々な組織からだって、あわよくば金蔵にしてやらんとばかり、目をつけられることも多々あって。そういった危険を考慮する時に、最も人質にされかねない候補ナンバーワンの王族の末っ子、のほほんとしていちゃあいけない…のではあるけれど。
“…まあ、そういう大それたことを企むお馬鹿が現れたとして、直接的にはこの俺が許さないしな。”
 砂漠の戦場にて“大剣豪”との異名を冠され、各方面からその手腕を恐れられていた伝説の傭兵。あらゆる武器の扱いに精通し、格闘技も一通りの力量を師範クラスで身につけており。音もなく影も現さずという、速やかにして迅速な、たった独りの働きで、師団一部隊並みの破壊力を誇り、どんな苛酷な任務でも必ず完遂していた恐ろしい男。それが、この国の皇太子殿下の目に留まり、それなり口説き落とされてやって来たところが、当時まだ13歳だった弟王子様からの熱烈なラブコールを受けて…今に至ってたりする訳で。ちなみに、皇太子殿下は彼を、自分の直属の“隠密部隊”の実戦班のホープとして迎えたらしかったから…任務内容の物凄い格差には、果たしてちゃんとご納得していたのだろうかしらねぇ?
(苦笑) そんなせいなのかどうなのか、何とか馴染んで来たかな?という頃合いに、彼はとんでもない事件を引き起こし、王宮からその姿を消してしまうのだけれど。それが味方をも欺く“フェイク”であったこと、ルフィ王子に怪我をさせはしたが、そんな乱暴な段取りのお陰で“暗殺者”の毒牙からは完璧に守ることが出来たのだということを後々知らされ、アンダーグラウンドと呼ばれる地下組織へと身を隠した彼を、3年かかって行方を捜した王子様とその側近たちもまた大したもので。
“情報検索はこの国の十八番だぜ?”
 でもでも、第二王子の、それも身の回りのお世話担当には、本来さして必要のない分野。それへと手をつけ、王子様もまた、彼らの手を煩わせないようにと公務にお勉強に頑張った3年間だったそうであり、
「……………。」
「? どした? ゾロ。」
 急に押し黙ってしまった緑頭の護衛官さんへ、大きな琥珀の瞳を瞬かせ、屈託のない中にも仄かな心配の気色を滲ませたお声をかけてくる王子様。オルソロ、すなわち“太陽の”と冠された、国中の民から愛されている皇子様が、単なる側仕えの護衛官にこうまでの眼差しを向けて、ただただ慕ってくれる一途さには、
「…何でもねぇよ。」
 さしもの“大剣豪”でもついつい気圧
けおされてしまうばかりで。そんな自分をこそ照れ臭く思っての、甘い余情がほろ苦く、口許に一刷毛 滲んでいたり。カッコいいからと一目惚れし、憧れてくれたのみならず。自分へと凶刃を向けた男だってのにもかかわらず、最後までただ一人信じ続けていてくれた、ただただ一途に慕ってくれた王子様。身にあまる光栄、なんてな、薄っぺらな言葉でなんか到底置き換えられないほどに。この凄腕の“リーサル・ウェポン”を身も心も丸ごと捕まえてしまった、地上最強かも知れない天使さんは、
「???」
 時々妙なところで勘がよくなっていたようで。せっかくの街歩きだってのに、それさえ忘れて、いつまでも案じるようにこちらを見上げて来てくれるもんだから、
「何でもねぇって言ってるだろよ。」
「わっ☆」
 悪戯な南風になぶられていたぽさぽさの黒髪を、大きな手のひらで更にグシャッと掻き回し、何すんだよーと再び頬を膨らまさせたのをいいキリに、明るい街並みの探索を再開する二人連れ。観光が産業の中核ということになっているせいでか、いくら城下だとはいえ、青物や食品中心の生活物資を売り買いするよな、住民向けの市場であるにもかかわらず、小ぎれいな身なりのいかにもな観光客もちらほら見受けられ。だからこそどんな物騒な輩が紛れているやも知れず、それで“用心しろ”とゾロが言い出したことから始まった問答だったのにね。双方ともに“今更だから ま・いっか”になってる辺り、結局のところ、お互いへに信頼厚き主従だってことが再確認されただけなのかも?
(苦笑)
「あ、もうミモザのケーキが出てるぞ。」
「おやおや、お目が高いね、坊っちゃま。」
 春祭りには欠かせない、お花のミモザを模した黄色いクリームで飾られた、ムースとかババロア仕立ての柔らかくて甘い、季節の名物スィーツを店頭に早々と並べていたのは、ここいらでは知らぬ人のないくらい、気さくでおおらかなベーカリーの女将さんで。勿論、ルフィの真の正体も知っていながら…素っ惚けて下さっての対応であり、
「こっちのタルトレットは、ウチの新作。摘まんでみないかい?」
「え? いいの?」
 訊きながら既に手が伸びてるところが正直者。一口サイズのタルト生地に乗っかった、クリィーミーなムースの甘さを、中に仕込まれてたベリーソースの初々しくも仄かな酸味が引き締めて。そりゃあ絶妙な味わいなのが、素人ながら、美味しいものばかりを食べ慣れている王子様のお口を、満足で満たしつつ、いやいやまだもっと食べたいと誘惑する。
「凄げぇや。ビーツのシャーベット・ソースが入ってるのは食べたことあったけど、こういうのは初めて食べた。」
 さすがは的確なお褒めのお言葉、女将さんも十分に溜飲を下げたらしくって、
「そうかい、そうかい。気に入ったんなら“お家”までお土産を届けておくよ。」
「やたっ!」
 はしゃぐルフィに周囲の方々までもがついの苦笑をこぼしたほどの、何とも屈託のないやり取りだけれど、
“代々でお抱えのパティシェだって一族が控えてる身だってのにな。”
 厳密なことを言えば、滅多なことを軽々しく口にしちゃあいけない身分。だがまあ、こういう感覚的なことへ嘘がつけない、お世辞なんて言えないのもまた、この王子様の魅力なんだし、その点もまた誰もが周知の事実。何ともほのぼのとした風景だったが、

  “…?”

 その中心にいた坊やへとばかりそそがれていた、和みの中にも隙のない、護衛官殿の翡翠の眼差しが、ふと…逸れた。頼もしき護衛官がその警戒の矛先を反射的に尖らせるほどもの“何か”が、鍛え抜かれし視覚や聴覚のどこかを掠めたその証し。盛大でにぎやかな春のお祭りが近いとはいえ、まだまだ準備の段階で。街の装いは日頃とさして変わりがない。一体何を捕らえての違和感だった? 雑踏の中、一見 単に風景を撫でているだけなような。肩越しに後ろまで振り向いたのは、空耳がしたのかな、誰か呼びましたか?というような素振り、それはなめらかなさりげない所作を装いながら、その実。風に舞う木葉一枚とて見逃すまいという、猛禽のそれのように鋭利な視線が慎重に巡らされ、

  “………っ!”

 視線が留まっても“似てない兄弟だなぁ”という程度だろう、さして悪目立ちしてもいない、少年と御付きという二人連れの街歩き。珍しいもんじゃなし、行き交う人々からの関心なんて寄せないはずが、その視線だけでこちらをくすぐってくるような、そんな視線が確かにこっちへ向いている。その“発信者”へと視線が届いたゾロが、
“な…っ!”
 相手の姿を目視で確認して…様々な葛藤が胸の奥底から沸き上がったほど、少なからず驚愕したのとほぼ同時。それはそれは朗らかなお声がすぐ傍らから放たれる。

  「え? ロビン? こっちに来てたのか?」

  “………え?”

 ルフィ王子が上げたのは、よくよく知った間柄であるかのような気安い声で。そしてそれへと応じて、にっこりと口許の微笑を濃くした女性は、だが、ゾロもまたよくよく見知ってた人物。彼がかつて姿を晦ましていた頃に身を置いていた、金さえ積めば犯罪でも何でも請け負うような“地下組織”での連絡係だった女幹部。ミステリアスな表情がクールで読めない、黒髪の美女だったからに他ならず。

   “どういうこった? こりゃ。”

 さあさあ、どういうことなんでしょうかねぇ?









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 *お待たせした上に、ややこしいところで続いてすいませんです。
  アニメもいよいよの“追跡&救出モード”に入ったってのに、
  そういえば、このシリーズに彼女が出て来てないなと、
  今更ながらに思い出しまして。